土の香り

私の家の耕作地は棚田のような小さな田んぼが28枚有りました。
手でわらを切り、牛で耕し、一本一本手で田植えをしていた時代です。
それが国営事業で圃場整備がなされ5枚の田になりました。
大きくなった田は耕作がしやすく、作業時間も掛かりません。

この地に300戸あまりの住宅地が出来ました。
たくさんの人が住み着き、いつの間にか新しい友達も出来ました。

田を耕していますと長年連れ添ったご夫婦が
毎日決まったように散歩されるのを目にします。
奥様は身体が不自由で、ご主人が車椅子を押されています。
「毎日お二人はずっとお話をされてますが、
どんなことを話しているのですか。」
「こんな良い所に住んで、幸せだなと話していました。」
「田を耕されたので、辺り一面に土の匂いが拡がっています。」
「人との距離がゆったりしていて、
日差しも柔らかくて外に出るのが嬉しくて。」

お二人はトラクターに乗っている私に、
日頃気付かなくなってしまったささやかな幸せを、
改めて教えて下さいました。
土の中からは冬眠から目覚めた蛙がたくさん飛び出してきて、
夜になれば合唱が始まり、輪唱「かえるの歌」が夜中じゅう聞こえています。

土を愛でる、それを今年も強く実感しました。
有機栽培にこだわった結果、年々土が変わり、
今年は「本当に良い土だな。」と何度も呟きながら耕しました。
間違いなく土が変わった、
土の匂いが嬉しいと話して下さった仲の良いご夫妻に感謝しながら、
まもなく田植えを始めます。

蛙さんは、心地よい土を布団にしてゆったりと暮らしています。